福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
本書は、芸術と社会との関係を問い直すという大きな問題を射程としている。
芸術の根本は個人の営みであり個性の表現である。しかし同時に芸術は、社会のなかに生まれ、社会によって変化し、社会にはたらきかける力を持つ存在でもある。いかなる政治・経済的環境のもとでその芸術は生み出されたのか。なぜそれは受容者に受け止められたのか、その芸術を必要とした社会は何を求めていたのか。どのような社会装置がそれを流布していったのか、そしてそれらはなぜ時代や場によって異なる評価をうけてきたのか。このように、芸術を社会の多様な位相における影響関係のなかで絶えず変化するダイナミックなものとして再考する試みは、デジタル複製技術等の急速な発展により加速度的に芸術が生活の一部となりその定義も拡張し続ける現在、よりいっそう求められている。本書は、これまで充分になされてきたとはいえないそのような芸術と社会との関係への多面的な問いかけの試みである。もとより芸術と社会とのかかわりに関連する領域は広大であるが、本書はおもに歴史的な射程と手法によりその一端に触れようとするものである。
本書が論じる範囲は、西洋・東アジア・日本、そして時代は広い意味における近代である。検証の対象とするのはそこでの芸術の制作実践、展示行為と観客という関係が発生する「場」、制度や政治・経済的背景、国際交流、支援組織、社会的危機、そして媒体環境といった観点からとらえた社会のあり方と、芸術との相互関係である。
このような社会の複雑性と多義性を、本書は「芸術体験の現場」、「社会と共振する芸術」、「芸術とメディアの接近」、「危機の時代の芸術」という四つのテーマに集約した。そしてこの広範な論点を、多様な分野にまたがる二二名の研究者 ―建築、文学、美術、メディア、デザイン、舞台芸術等― が丁寧にたどり返し考察した。
第一部「芸術体験の現場」では、芸術作品が受容・鑑賞される「場」に注目し、寺社、展覧会場、陳列所、博覧会など、社会が生み出してきた多岐にわたる「場」と芸術が築いてきた関係を考えた。第二部「社会と共振する芸術」では、芸術支援、芸術団体、国際交流、技法や技術革新、芸術以外の分野の潮流などを、芸術を取り巻く社会環境と位置づけ、それらと芸術家らの個性との交差や重なりが何をもたらしたのかを検討した。第三部「芸術とメディアの接近」では、メディアと芸術のさまざまな関係を通してその社会との影響関係を考え、芸術がメディアを通じて歴史化される過程についても検証を行った。 第四部「危機の時代の芸術」では、文字通り、社会を襲う危機的な状況下での芸術表現を扱った。疫病、パンデミック、戦争に加え、近代になって出現した都市の急速な機械化も「危機」と捉えられた側面があり、これらの状況下での芸術表現と社会の変化について、ヨーロッパと日本からの論考により考察した。
芸術とは何か。この問題を近代における社会との関係から照射しようとする本書の挑戦的な試み、そこから広がる視野が、今後の「芸術と社会」研究の一助となることを願っている。
(文・高階絵里加・竹内幸絵)
著者・編者・監修 | ⾼階絵⾥加, ⽵内幸絵 編著 |
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判型 | A5判 |
ページ数 | 440頁 |
定価 | 4,500円+税 |
ISBN | 978-4-86405-187-3 |
発行日 | 2025年1月20日 |
出版社 | 森話社 |