福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
本書は、中国歴代帝王の故事を題材とする「帝鑑図」と、その版本である『帝鑑図説』について、日本における受容と展開を多角的に考察した、資料集と論文集の性格を併せ持つ一冊である。
『帝鑑図説』は、万暦元年(1572)に明代の政治家・張居正が編纂した勧戒書で、幼帝の教育を目的として刊行された。日本では慶長11年(1606)に豊臣秀頼の命によって出版されたとされ、「慶長版(秀頼版)」として知られるが、近年の研究では、徳川家康の主導による可能性が指摘され、論争の対象となっている。『帝鑑図説』の挿図を屏風や障壁画に取り入れた「帝鑑図」は、帝王の善行を称え、悪行を戒める勧戒画として制作され、為政者への教訓として広く利用された。「帝鑑図」と『帝鑑図説』は、日本美術や出版の歴史において重要な役割を担ってきたが、その相互関係や文化的意義には未解明の部分も多い。
従来の研究では、「帝鑑図」は『帝鑑図説』を基に狩野派の絵師たちによって制作されたと考えられてきた。近年の研究では、これに加え、『帝鑑図説』以前にも日本で帝王の故事を題材とした絵画が存在した可能性や、挿絵がそのまま転用されたわけではない複雑な受容の過程が明らかになりつつある。また、『帝鑑図説』に収録されていない中国故事人物画も「帝鑑図」と呼ばれることがあり、主題そのものの再定義が必要とされている。本書は、「帝鑑図」と『帝鑑図説』が日本でどのように受容され、文化的・歴史的文脈の中で展開したのかを総合的に解明する試みである。
本書は、資料編、解題編、論文編の三部構成から成り、全体を補完する附録を付す。資料編では、代表的な「帝鑑図」の作例や『帝鑑図説』の明代万暦版および慶長版の全挿絵を収録している。また、小助川元太氏による各挿絵の解題を添え、読者が内容を深く理解できるよう配慮している。解題編では、掲載した作品を詳細に解説し、『帝鑑図説』の本文を翻刻して提示する。論文編では、美術史、文学、歴史学の専門家たちが、「帝鑑図」と『帝鑑図説』の勧戒的な意味やその視覚的展開について議論を展開している。附録には「帝鑑図」や『帝鑑図説』の作例一覧、参考文献を収録しており、研究者がさらなる調査をおこなうための基礎資料としている。特に、「帝鑑図」の作例一覧については、薬師寺君子氏、野田麻美氏、水野裕史の3名で連日にわたり議論を重ね、制作年代を精査した成果である。この一覧は、本書における重要な成果の一つとして、帝鑑図研究に貢献できる資料になったと自負している。
本書の特徴は、単なる資料集や翻刻にとどまらず、これまでの研究を踏まえながらも、新たな視点を提示している点にある。たとえば、これまで徳川家康所縁の駿河御譲本とされてきた『帝鑑図説』(名古屋市蓬左文庫蔵)が、実は19世紀初頭の入手品であることを明らかにした点は注目に値する(藤實久美子氏論文)。本書は、豊富な図版資料と多分野にわたる研究成果を集成し、「帝鑑図」と『帝鑑図説』に関する新たな知見を提示するとともに、次世代の研究者にとっての手引きとなることを目指している。研究者はもちろん、関心を持つ幅広い読者にとっても、新たな視点を提供する一冊であり、末永く読み継がれることを心より願っている。
(文・水野裕史)
著者・編者・監修 | ⼩助川元太・薬師寺君⼦・野⽥⿇美・⽔野裕史編 |
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判型 | A4 |
ページ数 | 448頁 |
定価 | 15,000円+税 |
ISBN | 978-4-585-37017-8 |
発行日 | 2024年11月20日 |
出版社 | 勉誠社 |