福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
1914年7月末に始まった第一次世界大戦では膨大な数の兵士が動員され、膨大な数の人が犠牲になった。画家もその戦争に深く関わった。政府から任命された公式戦争画家として戦地に赴いた画家もいれば、前線で戦った画家もいる。また、兵士の治療にあたった画家もいれば、戦後もトラウマを抱え続ける画家もいた。戦争の記憶は、画家、そして彼らが描いた絵画に刻み込まれた。1918年の戦争終結後、そうした記憶を抱えつつも、新たな時代の始まりを予感した画家の新たな感性による芸術が生まれた。その芸術を、各国の状況をふまえつつ、「ヨーロッパ」という視点から再検討することを目指し、ヨーロッパ戦間期美術叢書を企画した。本書『躍動する古典、爛熟する時代⏤アンリ・マティスからオットー・ディクスへ』は、その第一巻にあたる。
第一次世界大戦前にキュビスムなどを推進した前衛芸術家のなかには、戦後の混乱を生きるなかで、古典主義の復興を唱えた「秩序への回帰」とよばれた動きに傾倒した者も多かった。彼らは、肖像画や風景画などの伝統的な主題やリアリズムに立ち返った。他方、1920年代は「狂乱の1920年代」とよばれ、戦争で若くして犠牲となった多くの命を目の当たりにした若者がみずからの生命を存分に謳歌した。男性も化粧をし、女性は断髪してくるぶしまで露わにするファッションを身にまとい、ナイトクラブやキャバレーに集まった。画家たちは、砲弾で穴の空いた凸凹の大地や十字架が立ち並んだ墓地といった「風景」を描き、またダンスやジャズを楽しむ若者の身体も絵にしたのである。
本書は、こうした「古典への回帰」と「狂乱の時代」といった一見相矛盾するような現象を不可分な関係として再考し、その関係から創造された芸術のダイナミズムを明らかにすることに挑戦している。ニース時代に印象派の巨匠ルノワールとモネに接近したアンリ・マティス、ローマで古典主義の絵画に古代の神秘を反復しようとしたジョルジョ・デ・キリコ、近代化の波が押し寄せるなかで伝統的なスペイン像を表したイグナシオ・スロアーガ、ロンドンでアンニュイに沈む男女と戦時中のピエロを描いたウォルター・シッカート、凄惨な戦争の記憶を描くなかで「狂乱の時代」のベルリンの眩い光と残酷な影を表したオットー・ディクス、ウィーンで光に満ちた装飾的な作品に謎めいた物語を含ませたアルベルト・パリス・ギュータースロー──第一次世界大戦前後で世界が一変したヨーロッパにおいて、同時代を生きた画家たちがそれぞれの〈場所〉でどのように生の痛みと歓びを表現したのか、なぜ画布やスケッチブックに描き続けたのか、そしてどのように新たな芸術を創出したのかについて、本書は上記6人の画家の芸術に問うている。
(文・山口惠里子)
著者・編者・監修 | ⼭⼝惠⾥⼦・⼤久保恭⼦・池野絢⼦・増⽥哲⼦・河本真理・池⽥祐⼦ |
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判型 | A5 |
ページ数 | 278頁 |
定価 | 4,800円+税 |
ISBN | 978-4-7566-2591-5 |
発行日 | 2024年12月20日 |
出版社 | ありな書房 |