福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
本書は、近代中国における書の学術的研究が、当時の諸学術・文化の動向と、どのような関係を築き、いかなる展開を遂げたかという問題に対し、種々の具体的な事例の分析を通して解明を試みるものである。
本書における「書学」とは、主として書の理論(書論)の執筆や、作品の展覧および図録・著録の編纂といった資料組織に関わる活動に焦点を当てている。それらの書学は、風雲急を告げる当時の学術動向、例えば清朝考証学の学統を承ける清流派の活動や、西洋文化の急激な流入(西洋の衝撃)を経た後の国粋主義や新文化運動といった思潮と、個々に様々な位相で深く結び付いている。本書は、そうした結び付きの諸相を以下の五部(十六章)構成によって体系的に描き出すことを狙いとしている。
第一部「前近代からの接続」は、近代に受け継がれる書学の主要な論点について、その形成過程も含め明らかにするものである。ここでは、特に乾隆・嘉慶期を代表する考証学者、翁方綱と阮元における書学を取り上げ、両者の所説の本質的な争点に前近代から近代への展開の鍵を見出してゆく。
第二部「碑学の相対化と変容」では、碑学の盛行が必ずしもその絶対視に傾かず、また、その範疇が、石刻文から古銅器の銘文や竹簡木牘の肉筆に拡充してゆく点について着目する。これらの動向を窺う上で鍵を握るのは、清流派と称された清末の高官グループや、その傘下の官僚・幕僚たちであった。彼等の理論から時に変貌を遂げる碑学の実態に迫る。
第三部「書学資料の鑑蔵と複製」では、書学の基礎資料となる個々の書作品をめぐって、それらの収蔵や鑑定のあり方、更にそれらの出版形態について探ってゆく。ここでは第二部で取り上げた清流派の動向に引き続き注視するとともに、清末の在野に興った国粋派の書学についても視野に入れ、彼等の書学資料観を明らかにする。
第四部「「美術」の導入と中国書学」では、西洋・日本経由で舶来した「美術」概念の導入における書・書学の位置について、清末から一九三〇年代初頭までを射程に考察する。ここでは第三部に引き続き清末国粋派の「美術」受容に着目する一方、民国期に展開した新文化運動にも目を向け、彼等の「美術」と書・書学に対する眼差しについても論じてゆく。
第五部「中国書学を介した日中交流」では、近代日本に形成された中国書学を事例に、国際化の視点から中国書学を捉え直す。書学を媒介とする日中の関係は双方向的であり、第五部では、往時の日本における中国書学が、本国最新の書学に即応していた点について、鍵を握る人士の動向や作品・資料の流入・出版といった事跡から立証する。
以上に基づき本書の結章では、各部・各章で考察を進めた書学を集約的に整理し、その体系化を図る。この際、各考察から見通された近代知の鍵となる概念を幾つか取り上げ、それらを「知図」と称した一つの座標に配して模式化を試みる。それに基づき、各書学の位置取りを相互の関係とともに俯瞰的に捉え、近代中国書学の特質を理解する一助とする。
(文・菅野智明)
著者・編者・監修 | 菅野智明 |
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判型 | A5 |
ページ数 | 661頁 |
定価 | 16,000円+税 |
ISBN | 978-4-7629-6733-7 |
発行日 | 2024年10月23日 |
出版社 | 汲古書院 |