福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
本書は、戦後国際的に高い評価を得た日本の版画を研究対象として、日米の美術交流を考察したものである。対象とした時代は、終戦から東京オリンピックが開催された時期、すなわち占領期から冷戦初期までのおよそ20年間である。
出版の目的は大きく分けて2点あった。第一の目的は戦前の近代版画(創作版画)運動との連続性を視野に入れつつ、戦後日本版画史の構築を目指すことであった。1950年代から60年代にかけて日本の版画は国際展で多くの賞を受賞し、多数の版画家がアメリカへと渡った。その事実については従来の研究で指摘されてきたものの、ではなぜ戦前注目を浴びなかった創作版画が戦後高い評価を得ることができたのか、またそうした状況が出現した要因はどこにあったのか、その実態や理由については解明されていない点が多かった。本書では、日米両国の研究機関や美術館のアーカイブズ、遺族宅に残された資料を探査することにより、これまで等閑視されてきた占領期の在日アメリカ人が果たした役割や米国政府の政治的意図の検証を踏まえつつ、版画における日米関係を考察した。そのことにより、新たな戦後版画史を提示することができたと考える。
第二の目的は、依然として研究が進展していない占領期の美術状況を探索することにより、戦後日本美術の国際化の問題について、従来知られていない事実を浮かび上がらせることだった。検証の対象は版画を中心としたが、本書は戦後の日本美術全体の問題に敷衍して論じたものであり、戦後日本美術史の記述において新たな視点の導入を促すことができれば幸いである。
本書の構成は序章のほか全6章と終章から成る。本論6章では、日本版画協会が創立された1930年代から戦後60年代までをおおよそ時代順に論じている。
1章ではまず昭和戦前・戦中期の版画界の状況を概観し、創作版画が美術界においていかなる位置に置かれていたのかを確認した。その上で、2章から3章にかけては戦後その状況がどのように変化したのか、占領期に存在した美術展示空間(アーニー・パイル劇場、陸軍教育センター)と美術団体(サロン・ド・プランタン)の考察を通して明らかにした。考察の内容は、版画にとどまらず美術全体にわたっている。
4章では、2章、3章に登場した在日アメリカ人の中から特に重要な役割を果たした人物4名を取り上げて個別に論じた。加えて在日アメリカ人のネットワークをつないだ人物として『アート・アラウンド・タウン』の発行人中尾信と日系アメリカ人版画家内間安瑆とその妻俊子を取り上げた。
5章では、占領解除後の1950年代から60年代にかけて渡米した日本人版画家に焦点を当て、渡米の経緯と滞米中の活動について論じ、日米版画交流の実態を検証した。6章では、1960年代にアメリカから来日した版画家について、その経緯と日本の美術界との関係、60年代以降の版画界、美術界にもたらした影響について探求した。
(文・桑原規子)
著者 | 桑原規子 |
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判型 | A5 |
ページ数 | 339頁 |
定価 | 4000円+税 |
ISBN | 978-4-7967-0400-7 |
発行日 | 2024年7月31日 |
出版社 | せりか書房 |