福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
京都はいうまでもなく、伝統的に多くの美術工芸を生み出してきたまちである。しかし、近代(明治時代)を迎えて、京都における美術工芸の制作は、大きな壁に直面する。それは、天皇の東幸(東京へ行くこと)によるパトロンの喪失とあらたな動力、材料による近代化の波である。京都の伝統的な美術工芸は、天皇および公家階層による受容が一定程度あったため、天皇の東幸により、あらたな購買層の開拓も必要になった。また、伝統的な美術工芸は、その制作の場や流通をめぐるネットワークがすでに確固として確立をしており、あらたな技術や動力などを受け入れるにはハードルが高かった。
上記のような状況は、京都に、他の地域とは異なる近代化の様相をもたらすことになった。そのような近代京都における美術工芸の様相を多角的に明らかにしようという観点から、科学研究費の助成を受けて共同研究をおこない、そこでの成果にもとづいて本書を世に問うことになった。これは、同様に鹿島美術財団の助成を受けて刊行した『近代京都の美術工芸-制作・流通・鑑賞』(思文閣出版、2019)の続刊ということになる。
本書は「Ⅰ 学理と応用」「Ⅱ 美術工芸と場」「Ⅲ 図案と絵画」の三部にわかれ、計22編の論文から構成される。
第Ⅰ部では、京都高等工芸学校初代校長で化学者の中澤岩太、二代目校長で同じく化学者の鶴巻鶴一、歴史学者水木要太郎、英文学者寿岳文章などの学知が、美術工芸の制作の場でいかに応用されたかを論じている。とくに、最先端の化学についての知識や情報、あるいはヨーロッパからもたらされた新しい機械が陶芸や染織の制作に大きな影響を与えたことが明らかにされている。
第Ⅱ部では、美術工芸の制作、教育、流行などの場における人とモノのネットワークが織りなす様相を明らかにしている。この章では、建築・家具・工芸を視野に入れた宮崎家具店の試み、美術・デザインの教育における石膏像の受容、絵画を引き立てる表装の業界の動向、欧米の美術工芸品を中心とした参考品の位置づけ、接遇や展示の場への関心、美術教育の場における「女学生」の存在など、従来にない視点からの論考で構成される。
第Ⅲ部では、近代の美術工芸を考えるときに最重要の語である「図案」について、その概念の成立やあらたな図案の登場、画家による図案の制作や指導を論じている。そこでは、東京とは異なる京都ならではの図案のあり方や図案指導者の存在も明らかになっている。さらに、京都で結成された国画創作協会における新しい絵画のあり方も論じられている。
近代京都の美術工芸については、近年、展覧会も増え、また、関連する研究書の刊行も徐々にではあるが進んでいる。そのような近代京都研究の活性化のなかで、本書がひとつの役割を果たすことができれば幸いである。
(文・並木誠士)
著者・編者・監修 | 並木誠士 著/編 |
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判型 | A5判 |
ページ数 | 608頁 |
定価 | 12,000円+税 |
ISBN | 978-4-7842-2075-5 |
発行日 | 2024年7月20日 |
出版社 | 思文閣出版 |