福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
本書は、20世紀半ばのアメリカで隆盛したカラーフィールド絵画に関する研究である。ヘレン・フランケンサーラー、モーリス・ルイス、ケネス・ノーランド、ジュール・オリツキー、フランク・ステラの5⼈の代表的なカラーフィールド画家に焦点を当てて、同時代の美術と⽂化の中で考察した研究である。
カラーフィールド絵画は、クレメント・グリーンバーグやマイケル・フリードといった、アメリカのモダニズム美術批評によって⾼く評価され、モダニズムの理念を体現する美術と考えられてきた。本書は、画家と批評家の関係は様々であり、その評価も様々であったこと、モダニズムの批評家同士の関係もまた多様だったことを指摘した。そして、カラーフィールドの画家は、批評家に影響を与えて協働的な関係を築きつつ、作品を展開したことを明らかにした。
次に本書が注目したのは、これまでほとんど知られることがなかった、モダニズム以外の批評家によるカラーフィールド絵画の解釈である。カラーフィールド絵画は、モダニズム以外の批評家も盛んに論じており、連想作用や幻惑的な視覚性など様々な観点から多様な解釈を与えられたことを明らかにした。
また、カラーフィールド絵画と、ポップ・アート、オプ・アート、ミニマル・アートといった同時代の美術動向との関係を考察し、今日では対⽴するとされるこうした美術動向と、非コンポジション、全体性、シリアリティ、物質性、プロセスなどの関心を共有していたことを明らかにした。
最後に、カラーフィールド絵画を、同時代の文化との関係で考察した。カラーフィールド絵画が1960年代から1970年代にかけて住宅におけるインテリア・デザインとして注目されたこと、絵画の経験が映画などの複製メディアの経験と重ね合わされて論じられたことを指摘した。そして、1970年代、カラーフィールド絵画はそのシンプルな色彩とデザインのために模倣されて、芸術の領域を超えた製品が作り出されたことを明らかにした。
本書は、これまでもっぱらモダニズム美術批評との関係で論じられてきたカラーフィールド絵画を、モダニズムの論理から解き放ち、その多様な豊かさを明らかにした研究である。カラーフィールド絵画は、絵画を取り巻いていた認識から絵画自体を解放し、様々な文化と折衝する場としての絵画の可能性を提示したと考え、カラーフィールド絵画を20世紀アメリカ⽂化の中に位置づけたのが本研究である。
もとになったのは、ニューヨーク⼤学美術研究所に提出した博⼠論⽂であり、刊行にあたって⼤幅な改稿を行った。同時代の厖⼤な美術批評を精査すると同時に、アメリカのアーカイヴにある書簡や写真資料など未刊⾏資料を⽤いて分析した研究であり、近年アメリカで再評価が進みつつあるカラーフィールド絵画に関する本邦初の総合的な研究である。
(文・加治屋健司)
著者・編者・監修 | 加治屋健司 著 |
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判型 | A5判 |
ページ数 | 368頁 |
定価 | 5,700円+税 |
ISBN | 978-4-13-016047-6 |
発行日 | 2023年9月29日 |
出版社 | 東京大学出版会 |