福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
本書は、2022年3月にオンラインで開催された国際シンポジウム『風のイメージ世界』の拡張予稿集として編集された。拡張としたのは、登壇者がシンポジウムを経てさらに考察した内容や、このテーマに触発された関係者の寄稿も収録されているためである。
このシンポジウムは、ルーヴェン・カトリック大学教授バーバラ・バート氏の著書の邦訳『風のイコノロジー』(三元社、2022年)刊行に合わせて準備された。この著作は、著者の文化人類学的美術史の方法を用いたイコノロジーに基づき、風を主題としたさまざまな論考を集めたものである。著者は邦訳を通して、風に関する豊かな文化的奥行きをもつ日本との学術的交流を希望し、それがシンポジウム開催に繋がったため、シンポジウムの概要と発表要旨も本書に収録された。
三部構成の第一部は「風の表象と諸原理」という表題の下、バート氏の「原初の風―宇宙生成と息吹」および長岡龍作氏の「見えないものを見せる―宗教芸術における風のイメージ」を掲載している。前者は、宇宙生成に関わる神の息吹を意味する古代ユダヤ教の「ルーアハ」、およびその古代ギリシャ語訳である「プネウマ」、さらにそのラテン語訳の「スピリトゥス」概念を基礎として、それら見えないものの現れとしての造形美術を扱っている。スピリトゥスでは神の超越性が強調されるが、ルーアハは、自然宗教的な性格を残しながら風(大気)に繋がっていたという指摘は重要である。後者では、おもに仏像に見られる風動表現が扱われる。そして、仏教における宗教的風の表現が、絶対的超越者というより、より信仰者に近い領域にいる仏や眷属たちに現れることを指摘している。この二つの論考は異なる宗教性に基づくが、はるか高みの超越性が、感覚に捉えられる風や大気、そしてその表現を通して、人間に届くことを指摘している点で、比較可能な構造を示す。
第二部は「原初的諸問題に対する近現代の哲学的・芸術的反省」という表題の下、富岡進一氏の「J・M・W・ターナーのプネウマ的形態、あるいは風」、フラッド・イオネスク氏の「現代アートにおけるプネウマ―表象から現存そして概念へ」、作家のハシーブ・アフマド氏の「〈風―卵〉実験」を掲載している。これらの論考は、造形芸術に現れた個々の風の表象を丹念に分析することで、帰納的にプネウマ概念に言及する点で共通するが、現代アートにおける表象は、視覚性とともにそれを超える多彩なアプローチを生み、風に関する議論の新地平を拓く。
第三部は「美術史における風」という表題の下、拙著「ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの風の表象」、倉持充希氏の「二コラ・プッサンによる「風」の表象―二点の《エジプトからの帰還》を中心に」、ソムヘギ・ゾルタン氏の「風を描く―芸術と自然の崇高なる諸相について」を掲載している。風という見えないものを、見えるように描くためには、ここで美術史的に論じられた西洋近代の写実主義が不可欠である。風に煽られた布や樹々を通して描かれた風は、やがて自然の脅威や崇高概念へと昇華されながら、人間と新たな関係を切り結ぶのである。
(文・蜷川順子)
著者・編者・監修 | 蜷川順子監修・著者 |
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判型 | A5判 |
ページ数 | 276頁 |
定価 | 4,000円+税 |
ISBN | 978-4-88303-578-6 |
発行日 | 2023年9月30日 |
出版社 | 三元社 |