福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
今回のテーマは人体表象で、五本の重厚な論考でルネサンス美術の本道を扱っている。西洋美術を観賞するとき、時代にかかわらず、人体は最初に目が行く箇所ではないだろうか?それが裸体であればなおさらである。
本書は、ダ・ヴィンチやミケランジェロなどイタリア・ルネサンスの代表的芸術家や作例を中心に人体表象の多様性を論じている。第一章「レオナルド・ダ・ヴィンチの失われた《レダ》」は、現存しないレオナルドの《レダと白鳥》を素描やレオナルド派の作品を手がかりに探り、レオナルドの試行錯誤を美術史的文脈に位置づける。中世を通じて古代神話の源泉であった「道徳化されたオウィディウス」の伝統を意識した領域横断的論考だ。
第二章、「レオナルドの解剖図」は、解剖図の革新性を図示の方法に見いだす。レオナルドは見ることよりも解剖図による知見を高く評価し、透視図法という合理的な視覚方法を人体にも機械装置にも等しく用いて、それらを三次元的に図示、再現することに成功した。透視図法によって表された空間はリアルでも自然でもなく、むしろ数学と幾何学が作り出す定量的合理性にもとづく、言うなれば「デジタル」な空間だ。この合理的な視覚システムが社会にも転用されたとき、それは科学革命のみならず帝国支配の道具としても機能する。
第三章、「エロティック芸術からポルノグラフィへ」は、ジュリオ・ロマーノが制作した性交の体位についての一六枚の素描をマルカントニオ・ライモンディが版刻した《イ・モーディ》を対象とする。ピエトロ・アレティーノの「このうえなく卑猥なソネット」と一緒に刊行されて注目を集め、スキャンダルにもなった。版画と詩文を組み合わせた印刷メディアによって広がっていったこの作品を、原詩の翻訳と図版で辿り、イタリア・ルネサンスにおけるエロティカの創出という文化史的文脈に位置づけている。
第四章、「ミケランジェロの署名」は、ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂に描いた一連の青年裸体像が、画家の個性が色濃く反映された「署名」として機能していることを証明してみせる。同時期のフィレンツェにおける「戦う青年裸体像」の流行をふまえて、ドナテッロやシニョレッリにおいて裸体像が画家の「署名」の役割を果たしていることを指摘し、ミケランジェロの裸体像に込められた意図を読み解いている。
第五章、「キリストの身体」は、近世イタリアにおけるキリスト図像を一六世紀まで丁寧に辿り、しなやかな肉体と人体比例を備えたミケランジェロの「美しい」古典的裸体が、新たなカノンとなったことを示す。さらに裸体屍骸像を上面に据えた「トランジ墓」がイタリアに浸透しなかったのは、同地ではこうした周縁的な男性像も古典的身体として表象されていたからだという指摘は、中世の死生観を研究する者にとっても興味深い。
本叢書、そしてありな書房の刊行物全体を通底しているヴァールブルク的なイメージとテクストの絡み合い、領域を横断することで発想を自由に膨らませていく創造性がしっかりと実現された論集である。
(文・松田隆美 慶應義塾大学名誉教授)
| 著者・編者・監修 | ⾦⼭弘昌(責任編集) 喜多村明⾥、⾦⼭弘昌、伊藤博明、荒⽊⽂果、新保淳乃(著者) |
|---|---|
| 判型 | A5判 |
| ページ数 | 450⾴ |
| 定価 | 7,200円+税 |
| ISBN | 978-4-7566-2592-2 |
| 発行日 | 2025年3月1日 |
| 出版社 | ありな書房 |