福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
『アンドレ・フェリビアン「王立絵画彫刻アカデミー講演録」』は、フランス近世におけるもっとも重要な美術文献のひとつであり、王室のコレクションを題材に1667年に開催された7回の講演を収め、翌年に刊行されたものである。本書はこの著作を翻訳し、詳細な註解を施したもので、共編訳者の栗田秀法、望月典子に加え、共訳者として倉持充希、 太田みき、福田恭子、小林亜起子、船岡美穂子が参加している。
フランスの王立絵画彫刻アカデミーは1648年に設立されたもので、ルイ14世の親政開始後の1663年に王室の財政的な支援を受けるようになってその組織や活動が確立した。重商主義政策で知られる太陽王の重臣コルベールは、王室の名声を高めるべく文化政策にも力を入れ、美術アカデミーにも様々な指示を与えた。その中の一つが王室のコレクションを活用しての講演会で、後進の育成に役立つ上達の秘訣をまとめさせようとした。講演録の編纂を任されたのが国王歴史編纂官アンドレ・フェリビアンであった。
本書の全体は、「翻訳・註解」、「解説」、「付属資料」の三つから構成されている。「翻訳・註解」では、序と7回の講演の翻訳には詳細な註解が施され、解題が付されている。なお、序で翌年の8回講演会の内容が言及されていることから、本書では第8回講演も収録されている。「解説」では講演録とフェリビアンを紹介する2編の論文が掲載されている。「付属資料」では、画家彫刻家組合と美術アカデミーに関わる5つの規約が翻訳されている。
「翻訳・註解」は、序と1回から7回までの講演会、補遺的な8回講演会からなる。序は編纂者フェリビアンが講演会の経緯と概要をまとめ、さらに絵画・彫刻の知的営為の側面の重要性を強調している。ここでこの歴史家は歴史画を頂点とする「ジャンルの序列」の考え方を提示し、歴史画に求められる筋の統一、真実らしさ、感情表現等について詳しく説明している。
各講演を担当したのは国王首席画家シャルル・ル・ブランをはじめとする美術アカデミーの画家や彫刻家たちで、実制作者ならでは観点から多面的な分析が試みられている。毎回、基調講演の後に討論が繰り広げられており、当時の芸術家たちの間でどんなことが関心の的であったかがわかるものであるが、この時期のアカデミーでは色彩よりも素描を重視する考え方がじつに強固にあったことも確認されよう。
1回から7回までの講演会のうち、5回までは古代と前世紀の美術が扱われ、古代彫刻の《ラオコーン》、ローマ派のラファエッロの2作品、ヴェネツィア派のティツィアーノとヴェロネーゼ作品の分析と討論がなされている。6-7回は当代の画家としてフランス人のニコラ・プッサンの作品が題材とされている。補遺として収録された第8回でもプッサンの作品が取り扱われている。註解では古辞書を援用した語釈の他、2001年の独訳や2020年の英訳等における注記の成果が取り込まれている。解題では、扱われた作品の概要、講演者の横顔、講演の内容の梗概や意義が簡潔にまとめられている。
「解説」には、栗田の「アンドレ・フェリビアン『王立絵画彫刻アカデミー講演録』(1668年)」と、望月の「アンドレ・フェリビアンと美術批評」という二つの論考が掲載されている。前者では、王立絵画彫刻アカデミーの成立と展開と講演会とフェリビアンの関わりに加え、「ジャンルの序列」の起源と影響が論じられている。後者では、17世紀フランスの芸術に関する言説の成立にフェリビアンがいかに関与したかが、生涯を追って詳細に跡付けられている。
「付属資料」では、中世末期の画家彫刻家組合の規約に加え、1648年の王立絵画彫刻アカデミーの設立時の会規集、1651年の美術アカデミーと組合の合併の条項、1655年の美術アカデミーの独立時の規約、1663年の美術アカデミーの再興時の規約が翻訳されている。講演録だけではなく、フランス近世美術の理解にも今後大いに資すると考えられるものである。
『講演録』の刊行の後、フランス絵画は色彩論争を経て素描よりも色彩を重んじる傾きが高まる一方で、歴史画を頂点とするジャンルの序列は19世紀まで受け継がれる。本書は近世・近代フランスの展開にとって、保守派と進歩派そのいずれの立場からも常に意識され続けた基礎文献であり、我が国におけるフランス美術研究の進展にとってもその翻訳・紹介の意義は少なくないと言えるであろう。
(文・栗田秀法)
注解・著者・編者・監修 | 栗⽥秀法、望⽉典⼦共編訳 |
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判型 | A5判上製函入 |
ページ数 | 426頁 |
定価 | 18,000円+税 |
ISBN | 978-4-8055-0997-5 |
発行日 | 2025年3月31日 |
出版社 | 中央公論美術出版 |