福田繁雄 ≪5次元のヴィーナス≫
ミュンヘン中央美術史研究所との連携プログラム
鹿島美術財団の海外派遣プログラムにより、2025年7月から3ヶ月間、ミュンヘン中央美術史研究所で在外研究を行った。滞在中は、附属図書館や近隣のバイエルン州立図書館で文献資料の収集に努めた。その研究成果については『鹿島美術研究』(2026年11月刊行予定)掲載の報告論文に委細を譲るが、ここでは、研究所で過ごした3ヶ月間を振り返りつつ、7月下旬に参加した所員旅行での経験を紹介したい。
図1:これら原寸大の石膏像たちに迎え入れられる形で、私のドイツ滞在は幕を開けた。
図2:入口から見て右手の階段を登ると、研究所および附属図書館の総合受付がある。
7月4日金曜日、ミュンヘンに到着した私は、ケーニヒスプラッツ広場に面した建物に向かった。ここは元ナチス党本部が置かれた建物で、現在、その2階部分を中央美術史研究所(通称ZI)が使用している。重い扉を開けて建物の中に入ると、アトリウムを埋め尽くす古代彫刻の石膏レプリカ群が視界に飛び込んできた。1階部分は古典彫刻博物館であり、研究所からは、常にこれらの石膏彫刻群が見える。到着時は金曜の午後で人影はまばら。石膏像の数が生身の人間の数を凌駕しているかのような印象を受けた〔図1、2〕。
図3:この大部屋の真向かいに附属図書館の入口がある。フェローは図書館の蔵書を最大4週間まで自らのデスクに保管することが許されていた。
初日はフェロー受け入れ担当のカーシャ・シュロック博士のオフィスに迎えられ、私が滞在する144号室へ案内いただいた〔図3〕。ここは最大20名が在籍できる開放的な大部屋で、フェロー一人ひとりに個人デスクが与えられる。夏期ということもあり初日はとても静かだったが、その後、所内の各種イベントを通して、世界各国から集まってきたプレドク・ポスドクのフェローたちと出会った。その出身地は、ドイツ各地、オーストリア、カナダ、ロシア、アメリカ、スペイン、カメルーン、ルーマニアなど多岐に渡り、専門分野も多種多様であった。
彼ら彼女らとの交流を通して印象に残ったのは、日本国内ではあまり耳にしない「来歴調査」に取り組むフェローの多さであった。ナチス時代に略奪された美術品のマッピングや、帝国主義時代にアフリカから略奪されたオブジェクトの追跡など、その多くが自らの出身国の歴史と向き合いながら研究に取り組んでいた。私の研究も「非ヨーロッパ的“他者”が、なぜ、何のためにヨーロッパ美術に描かれたか」を問うものであり、一度国外に、東アジアの外に出れば、明らかに見た目が異なる「他者」と見なされる自分自身の経験とも無縁ではない。多様なフェローたちと所内のカフェで互いの研究テーマについて意見交換をし、時折、一日の終わりにビアガーデンに出向いて、ビール片手に今後のキャリアや各国の政治について語り合った時間は、忘れられない思い出である。
図4:フライジング大司教区美術館訪問の様子(ZI公式インスタグラムの投稿より借用)。向かいの元礼拝堂の空間には、現在、アメリカ合衆国出身の現代アーティストであるジェームス・タレルによる2022年のインスタレーション作品が常設展示されている。
ミュンヘン到着から数週間が経過した7月23日、所員旅行でミュンヘン近郊のフライジング大司教区美術館を訪問した。フライジングは739年に建設されたバイエルン州最古の都市の一つで、同市の大司教区美術館は、中世後期の教会美術と南ドイツのバロック・ロココ美術を主軸とする幅広いコレクションを有している。館長挨拶の後、数グループに分かれて館内を巡った〔図4〕。
私はミュンヘン滞在中、黒人表象という観点から、中世末期のドイツ語圏で決定的な図像的発展を遂げた「マギの礼拝」について調査を進めていたため、「黒人マギ」という新モティーフを早期に受容したことが知られるバイエルン地方の作例を収集するぞとの意気込みで展示作品をくまなく観察した。期待通り、複数の興味深い作例に出会った〔図5、6、7〕。
図5:ブリクセン(イタリアの南チロル)、1420年頃。中景に、鶯色の衣服を身に纏った小麦色の肌色をもつマギの姿が確認される。三人のマギは世代の異なる人物として示されているが、人種的区分が意識されている様子はまだない。「黒人マギ」というモティーフがイタリアに伝わる以前の作例。
図6:ウルムあるいはミュンヘン、1482/85年頃。15世紀末のドイツでは、マギのうちの一人を「黒人」として表すことがすでに一般化していた。その相貌は必ずしもアフリカ系の人物の再現的描写とは言えないものの、本作でも、マギの一人が褐色の肌をもつ人物として表現されている。
図7:上オーストリアで活動した彫刻家ヨハン・ゲオルグ・シュヴァンターラー(1740-1810年)による、1770年頃の作例。マギの一行の「二番目」に登場するマギはターバンをかぶり、鼻や口などその造形表現のあり方からアフリカ系の人物であることが理解される。左端では、ラクダと馬の描き分けもなされているようだ。
写真で示したのは、中世末期から近世にかけてドイツとその周辺で制作された三点の絵画・彫刻作品である。これら作品の細部描写に着目することで、『鹿島美術研究』年報第43号別冊掲載の発表原稿で言及するところの、「黒人マギ」というモティーフの出現と西ヨーロッパ全土への伝播のプロセスの一端を垣間見ることができる。
最後に、夏の間、日々目にした研究所の情景で滞在記を締めくくりたい。研究所の所員は平日週末を問わず出入りが可能で、国外調査の前後の週末にしばしば、午後にここで作業をすることがあった。静まり返った研究所で作業を続けていると、やがて石膏彫刻と自分だけの空間が出来上がる〔図8、9〕。日が沈むにつれて「ナイトミュージアム」的な様相を呈していくその様子を、作業を切り上げる前にしばし眺め、写真に収めた。今回の滞在を通じて、博論研究の核となる各種資料を収集できただけでなく、ドイツ語圏における黒人表象とスペイン語圏におけるそれの間に存在する連続性にも気付かされた。ここで過ごした日々は、現在取り組んでいる博論研究の重要な基盤をなすとともに、今後のキャリアについて考える上で、さまざまな示唆を与えてくれた。
図8
図9
この恵まれた環境での3ヶ月間は、今回のドイツ渡航を応援くださった先生方や鹿島美術財団の皆さま、そして受入先の中央美術史研究所および各種調査先の方々の温かいご支援により実現しました。ここであらためて御礼を申し上げるとともに、ミュンヘンでの経験を大きな糧として今後も研究活動に邁進してまいります。
(文:福元 花奈)
| 研究テーマ | スペイン帝国の美術における黒人表象:宮廷周辺と港湾都市の作例を中心に |
|---|---|
| 期間 | 2025年7月1日~9月30日(92日間) |
| 派遣国 | ドイツ連邦共和国 |
| 報告者 | 大阪大学大学院 人文学研究科 博士後期課程 福元花奈 |
| 報告書 | 『鹿島美術研究』年報第43号別冊(掲載予定) |